大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(ネ)783号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

伊藤昌昇

被控訴人(附帯控訴人)

南房商事株式会社

右代表者代表取締役

藤井勝政

右訴訟代理人弁護士

岡部邦之

被控訴人

京葉興業有限会社

右代表者代表取締役

小山雄三

右訴訟代理人弁護士

河本和子

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)伊藤昌昇と被控訴人(附帯控訴人)南房商事株式会社との間において

(一)  控訴人(附帯被控訴人)の主位的請求につき

1  控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

2  控訴人(附帯被控訴人)の当審における拡張請求を棄却する。

3  被控訴人(附帯控訴人)南房商事株式会社の附帯控訴に基づき、原判決主文第一項を取り消し、右取消部分についての控訴人(附帯被控訴人)の請求を棄却する。

(二)  控訴人(附帯被控訴人)の当審における予備的請求につき

1  被控訴人(附帯控訴人)南房商事株式会社は控訴人(附帯被控訴人)に対し、控訴人(附帯被控訴人)から別紙物件目録(一)記載の土地につき、同地上の同目録(二)記載の建物の収去、右土地の明渡及び所有権移転登記手続を受けるのと引換えに、四一五万八三九〇円及びこれに対する昭和五八年一一月二四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用中、控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)南房商事株式会社との間に生じた分は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

二  控訴人伊藤昌昇と被控訴人京葉興業有限会社との間において、

(一)  控訴人の本件控訴を棄却する。

(二)  控訴人の当審における拡張請求を棄却する。

(三)  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人(附帯被控訴人)伊藤昌昇(以下「控訴人」という。)は、本件控訴事件につき、「1 原判決を次のとおり変更する。2 被控訴人(附帯控訴人)南房商事株式会社(以下「被控訴人南房商事」という。)、被控訴人京葉興業有限会社(以下「被控訴人京葉興業」という。)は連帯して、控訴人に対し二一三四万九七〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月一七日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え(控訴人は当審において請求を拡張した。)。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人南房商事訴訟代理人は、控訴棄却並びに控訴人の当審における主位的請求についての拡張部分の請求及び予備的請求各棄却の判決を、附帯控訴に基づき、「原判決中、被控訴人南房商事の敗訴部分を取消し、控訴人の右取消部分についての請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人は附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人京葉興業訴訟代理人は、控訴棄却及び控訴人の当審における拡張請求棄却の判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  主位的請求(不法行為)

1  請求原因

(一) 被控訴人南房商事は不動産の売買、仲介、土木、建築の請負等を営業目的とする株式会社であり、被控訴人京葉興業は組立ハウスの設計、施工、販売等を営業目的とする有限会社である。

(二) 控訴人は被控訴人南房商事から昭和五〇年一一月一一日別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金二一三万五〇〇〇円で買い受け、そのころ被控訴人南房商事に対し右代金を支払つた。

(三) また控訴人は右同日ころ、被控訴人京葉興業に対し本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築を請負わせ、被控訴人京葉興業は本件建物を建築して控訴人に引渡した。

(四) 被控訴人らは、控訴人に対して、連続的に共同して次のような不法行為をなした。

(1) 被控訴人南房商事は控訴人に対して本件土地を売却するに当たり、本件土地が即時建物建築が可能な土地であると説明し、控訴人はこれを信じて買受けた。しかし、本件土地に接する道路(私道)に建築基準法上の道路位置指定を受けていなかつたため、控訴人は本件土地上に適法に建物を建築すること又は本件土地を転売することができなくなつた。被控訴人南房商事は、業者として当然に右のような重要事項を控訴人に説明する義務があるのに、これに違反してその説明をしなかつたため控訴人は後記の損害を被つた。

(2) 被控訴人京葉興業は、控訴人から本件建物の建築を請負つた際、控訴人から本件建物についての建築確認申請手続をなす旨の委任をも受けていたにもかかわらず、控訴人に対して本件建物建築が、建築基準法に違反し、建築確認が受けられないものであること、そして現実に千葉県長生土木事務所から本件建物の建築確認を留保する旨の通知が来ているのに、これを告げず、本件建物を建築して控訴人に引渡した。そのため控訴人は建築確認を受けていない違法建築である本件建物を所有することになり、後記の損害を被つた。

(五) 被控訴人らの右不法行為により控訴人は左記の損害を被つた。

(1) 土地について

イ 土地支払代金 二一三万五〇〇〇円

ロ 土地値上り益 四九〇万円

(本件土地(七二坪)の現在の時価は坪一〇万円が相当であるから七二〇万円であり、これから本件土地代金二一三万五〇〇〇円を控除した金額に、本件土地購入のため控訴人が当時居住していた豊橋市から茂原市までの交通費九万円と右往復に要した日当八万円及び本件土地の登記費用と税金二万五〇〇〇円を加算したもの。)

(2) 建物建築費 二〇〇万円

(3) 失つた利益 一四五万円

イ 家賃八七万円(昭和五六年七月一日から昭和五八年一〇月三一日まで一か月三万円として)

ロ 営業用資材の損害 一三万二〇〇〇円

ハ 転学費その他 二五万六五七〇円

ニ 転居運賃 一四万一四三〇円

(4) 経費 一七〇万円

イ 販売経費一一七万円(控訴人は装飾品の製造販売業を行なつているところ、外国から控訴人に商品の引き合いがきていたが、本件土地を売却することが出来なかつたため、商品の輸出を行うことができず多額の損害を被つた内金)

ロ 電話料金 六万一〇〇〇円

ハ 調査経費 五三万円

(5) 営業上の損失(当審における拡張請求分)一四三四万九七一〇円

(昭和五六年七月一日から昭和六一年七月三一日まで控訴人が失つた可処分所得合計一八九九万九二六〇円から被控訴人南房商事から受領した四六四万九五五〇円(被控訴人南房商事振出の昭和六一年一〇月一〇日付小切手)を差引いたもの。)

(6) 慰藉料(当審における拡張請求分)七〇〇万円

(瑕疵のある本件土地を買わされたことに起因して控訴人及びその家族全員が被つた精神的損害)

(六) よつて、控訴人は被控訴人らに対し二一三四万九七一〇円((1)ないし(4)の合計一二一八万五〇〇〇円(原審請求分)と(5)、(6)の合計二一三四万九七一〇円の内、九一六万四七一〇円(当審拡張請求分)の合計額)とこれに対する訴変更(追加的)申立書陳述の日の翌日である昭和六二年四月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  主位的請求原因に対する認否

(被控訴人南房商事の認否)

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実は不知。

(四) 同(四)の冒頭の事実を否認し、(1)、(2)の各事実は不知。本件土地を含む付近一帯の土地は、もと訴外千葉観光株式会社が造成して分譲したものであるが、被控訴人南房商事は控訴人に本件土地を売却するにあたり、公道から本件土地に接する道路(私道)も設置されており、近隣に二、三の建物も建築されていたので、右私道に道路位置指定がなされているものと誤信して、控訴人と本件土地売買契約を締結した。しかし、今日でもなお右道路位置指定を受けることは可能であり、また、右指定がなくとも控訴人が本件土地上に建物を建て、あるいは右土地を他に売却することは、何ら妨げられない。

(五) 同(五)の各事実は否認する。仮に控訴人が本件土地の値上り益を失つたことの損害が被控訴人南房商事の行為と相当因果関係にあるとしても、本件土地の現在の時価は一坪当り七万円であるから、その総額は五〇四万円であり、これから本件土地売買代金二一三万五〇〇〇円を控除した二九〇万五〇〇〇円が控訴人の損害ということになる。

(被控訴人京葉興業の認否)

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は不知。

(三) 同(三)の事実は否認する。被控訴人京葉興業は控訴人に対し本件建物を代金五〇万円で売却したのであつて、建物の建築を請負つたものではない。但し、現地での組立は被控訴人京葉興業が行なつた。

(四) 同(四)の冒頭の事実を否認し、(1)の事実は不知。(2)の事実は否認する。被控訴人京葉興業と控訴人との契約の内容は、被控訴人京葉興業が控訴人に本件建物の材料を売渡し、現地でその組立を行うことのみであり、建物の内部工事及び建築確認申請手続は控訴人自身が行なうことになつていた。従つて被控訴人京葉興業には本件建物が建築基準法に違反しているか否かを控訴人に告知すべき義務はなかつた。

(五) 同(五)の各事実は否認する。

3  被控訴人らの抗弁

仮に控訴人にその主張の如き損害賠償請求権があるとしても、控訴人は昭和五一年六月ころ、自ら建築確認申請をなし、本件土地上に建物を建築するには、道路位置指定がないため適法に建物を建築することが出来ないことを知つた。従つて、昭和五一年六月から三年以上経過し、右請求権は時効によつて消滅した。

4  被控訴人京葉興業の抗弁

仮に控訴人主張の損害につき被控訴人京葉興業にその賠償責任があるとしても、前記の如き事情のもとでは、控訴人自身にも過失があり、その割合は八〇パーセントを下回ることはないと考えられるので、控訴人の損害額の算定につき右過失が斟酌されるべきである。

5  抗弁に対する認否

各抗弁事実はいずれも否認する。

6  再抗弁

被控訴人南房商事は、昭和六一年九月三〇日、原判決正本に基づく強制執行により控訴人に対し四六四万九五五四円を支払い、消滅時効の援用権を放棄した。

7  再抗弁に対する被控訴人南房商事の認否

再抗弁事実は争う。

二  予備的請求(民法五七〇条、五六六条による解除)(当審における新請求)

1  請求原因

(一) 主位的請求原因(一)に同じ。

(二) 主位的請求原因(二)に同じ。

(三) 控訴人は被控訴人南房商事から昭和五〇年一一月一一日本件土地を買受けるに当り、右被控訴人から、本件土地は即時建物建築が可能な土地であるとの説明を受け、これを信じて売買契約を締結し、その引渡しを受け、昭和五一年四月ころ右土地上に本件建物を建築して居住した。

(四) ところが昭和五八年一一月初めころ本件土地に接する道路(私道)に建築基準法上の道路位置指定を受けていないことを知つた。従つて控訴人は、本件土地上に適法な建物を建築することは許されず、又、転売することも極めて困難な利用価値のない瑕疵ある土地を買受けたことになる。

(五) そこで、控訴人は被控訴人南房商事に対し本件土地の売買契約をした目的を達し得ないことを理由に、昭和五八年一一月二三日到達の書面をもつて右売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(六) よつて、被控訴人南房商事は右契約解除に伴う原状回復として、次のとおり控訴人に対し前記売買代金を返還するとともに控訴人の被つた損害を賠償すべきである。

(1) 返還すべき売買代金 二一三万五〇〇〇円

(2) 損害賠償 一九二一万四七一〇円

主位的請求原因(五)の(1)ロ、(五)の(2)、(五)の(3)、(五)の(4)、(五)の(5)、(五)の(6)と同じ(但し(五)の(5)、(6)の内、九一六万四七一〇円)。

2  予備的請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)ないし(三)及び(五)の各事実は認める。

(二) 同(四)の事実は否認する。

(三) 同(六)は争う。

3  抗弁

(一) 控訴人は、本件土地上に本件建物を建築した後である昭和五一年六月ころ自ら建築確認申請をしたが、右本件土地には近接公道に通ずる道路位置指定がなされていないとの理由で保留となり、そのころ控訴人にその旨の通知がなされた。従つて控訴人は、右日時ころには、本件土地にその主張の如き瑕疵のあることを知つたものであるから、本件売買契約を解除した昭和五八年一一月二三日にはすでに除斥期間一年を経過しており、右売買契約の解除は無効である。

(二) 仮に右主張が理由がないとしても、本件土地売買代金の返還及び損害賠償の請求は、本件土地の返還と同時履行の関係にあるので、被控訴人南房商事は本件土地の返還との引換えでなければ控訴人の本訴請求には応じられない。

4  抗弁に対する認否

各抗弁事実はいずれも否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一主位的請求について

1  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  同(二)の事実は控訴人と被控訴人南房商事との間に争いがなく、〈証拠〉によれば右(二)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  同(三)の事実について検討するに、〈証拠〉を綜合すると、控訴人は植物を加工した室内装飾品の製造販売業を営んでいたが、本件土地を購入した後である昭和五一年一月末ごろ本件土地上に作業場兼居宅として使用できる建物を建てるべく、広告を通じて知つた被控訴人京葉興業に軽量鉄骨造りのプレハブ住宅を注文し、右被控訴人は床面積約一二坪の軽量鉄骨造りのプレハブ住宅を代金五〇万円、代金は完成時に支払うとの約で本件土地上に建設することを承諾した。被控訴人京葉興業の担当者は、昭和五一年三月初めころ、現場において控訴人の指示に従い、簡易な基礎の上に本件建物の躯体を建築し、同日ころ控訴人に対し右躯体を引渡した。その後控訴人は、本件建物の内装工事その他の工事を行い、作業所兼居宅として使用できる建物を完成させて、同年四月ころ本件建物に入居し、同年八月五日本件建物につき昭和五一年三月二四日付新築を原因として建物表示登記(床面積六七・二三平方メートル)をし、同年八月一〇日に所有権保存登記をしたことが認められる。

右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人京葉興業との間の本件建物に関する契約は、プレハブ建築物ないしプレハブ建築材料の売買契約とみることは困難であつて、プレハブ建築物の躯体完成を目的とする請負契約であると認めるのが相当である。

4  次に、同(四)について検討するに、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件土地を含む付近一帯の土地は、地元の千葉観光株式会社が開発し、宅地に造成したものであるが、被控訴人南房商事は右の土地の内すでに宅地として造成ずみのものを仕入れて販売していたが、昭和五〇年一一月一一日茂原市附近に土地を求めていた控訴人に対し本件土地を売却した。控訴人は本件土地を購入する際、被控訴人南房商事の担当者の案内で現地に赴き、宅地造成及び道路付設の状況を確認し、本件土地が日常交通の用に供されているとみられる道路に面しており、またその当時すでに右道路周辺土地にはすでに一、二の住宅が建築使用されている現況から控訴人は勿論、被控訴人南房商事の担当者も当然に本件土地上に建物を建築するについて支障がないものと考え、控訴人に対して本件土地上に建物建築が可能であると説明し、控訴人もこれを信じて売買契約を締結し、そのころその引渡を受け、同月二六日に同月二五日付売買を原因として所有権移転登記を経由した。

(二)  その後控訴人は昭和五一年三月に本件土地上に本件建物を建築したが、本件建物がプレハブ式の簡易かつ安価な建物であつたこと及びさきに説示した現地の状況からして、本件建物の建築を請負つた被控訴人京葉興業は事前に建築確認を受けることに格別の注意を払わず、控訴人も事前に本件建物についての建築確認を受けなかつた。

(三)  控訴人は本件建物に入居した後である昭和五一年六月ころ、本件建物についての建築確認を受けるため、その手続を被控訴人京葉興業の担当者小山勇に相談したところ、同人は、被控訴人京葉興業が日ごろ取引のある建築士守屋清松を建築確認申請の代理人として右守屋の名を使用して右手続をなすことを了解し、控訴人は、同月一二日右守屋清松を控訴人の代理人として本件建物の建築確認の申請をした。ところが本件土地に付設されている道路には建築基準法上の道路位置指定(同法四二条一項五号、二項)がなされていなかつたため、本件土地は建築基準法上必要とされる道路に接しないこととなり(同法四三条一項)、そのため本件建物につき建築確認を受けることができなかつた。

(四)  そこで、控訴人は本件土地の売主である被控訴人南房商事の担当者である水野征夫に右事情を話し善処を求め、右水野は茂原市役所等に問い合わせたところ、本件土地については現状のままでは建築確認を受けることができないことを知り、同年八月ころ本件土地に付設されている道路(私道)を拡幅して幅員四メートルにすべく、原告の立会いのもとで周辺地主を集めて現場で会合をもつたが周辺地主の同意が得られず、そのため本件建物につき建築確認を受けることが極めて困難になつたのであるが、控訴人は引続き本件建物に居住し室内装飾品の製造販売業を行なつて来た。その後昭和五六年七月ころ右営業不振等のため控訴人一家は三重県津市に転居したが、それまでの間所轄行政庁から違法建築物であるとして除却命令等を受けることはなかつた。その後昭和五八年一一月九日にいたつて、所轄の千葉県長生土木事務所からの回答により建築確認を受けることは絶望的となつた。

以上の事実が認められ、原審における控訴人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被控訴人南房商事は、本件土地を土地造成業者である千葉観光株式会社から買受けたものであり、現地には現況道路が存在し、かつ、近くに一、二の建物がすでに建築されていたとしても、不動産の売買、仲介等の義務を行なう右被控訴人としては、本件土地の売買契約を結ぶに当つて業者として当然本件土地附近の状況を事前によく調査し、本件土地上に建物が建築できるか否かについて、建築基準法上の問題点をも調査して置くべき義務があるところ、同被控訴人がこれを怠り、建築基準法所定の道路が付設されているものと軽信して本件土地を控訴人に売渡したことについては過失があつたものというべきであり、同被控訴人の右売渡しは不法行為に当るものというほかはない(なお、同被控訴人にこの点につき故意があつたこと及び被控訴人京葉興業と共同して控訴人主張の如き不法行為に及んだことを認めるに足りる証拠は全くない。)。

しかしながら、前顕各証拠によれば、今後前記道路位置の指定が得られないため建築確認が受けられないことが確定的になつたともいえない上に、他方、控訴人はさきに認定したとおり、本件土地上に建物を建ててこれに居住し、営業活動を行なつて来たものであり、その間所轄行政庁から建物除却の命令を受けたこともなく、六年余を経て自己の都合によつて本件土地上の本件建物から転居したものであるから、控訴人には、本件土地の買受けによりこれと相当因果関係に立つべき損害は発生しなかつたものとみるのが相当であり、後述のとおり、売主に対し瑕疵担保責任を追求することによつて処理するほかないというべきである。

従つて、被控訴人南房商事に対する不法行為による損害賠償請求はその余の点につき判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

次に、被控訴人京葉興業についてみるに、右被控訴人は本件建物の建築を請負つた業者として、控訴人に対し事前に建築確認を受けるべきことを説明ないし勧告すべき義務があるものというべきところ、右被控訴人には前示のとおりこれを怠り、格別の注意を払わなかつたものであるから、右被控訴人には右の点につき過失があつたものというべきであり、右被控訴人の本件建物の建築もまた不法行為に当るものとみるほかはないが、他方、前示のとおり、本件建物は契約どおり建築、引渡がなされ、かつ、控訴人は除却命令を受けることなく六年余に亘つて本件建物に居住して営業活動を行なつた上、自己の都合によりこれから転居したものであり、今後本件建物につき建築確認が得られないことが確定的になつたわけでもないから、控訴人には何らの実損害も発生していないものとみるべきである。

従つて、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人京葉興業に対する不法行為による損害賠償の請求もまた失当であることを免れない(なお、右被控訴人に前記の点につき故意のあつたこと及び被控訴人南房商事と共同して控訴人主張の如き不法行為に及んだことを認めるべき証拠は全くない。)。

二控訴人の当審における被控訴人南房商事に対する予備的請求について

1  請求原因(一)ないし(三)の各事実については当事者間に争いがない。

2 そこで、請求原因(四)について検討するに、主位的請求について説示したとおり、本件売買の目的とされた本件土地は、道路位置指定を受けていないため、同地上に適法な建物を建築することが許されないのであるが、本件土地周辺の状況、とりわけ本件土地に接して現況道路が存在していたこと、控訴人は本件土地を不動産業者である被控訴人南房商事から買受けたものであること等からして、道路位置の指定がないため、建築確認が得られないものであることを知らないで右買受けに及んだものであり、売主である被控訴人南房商事もまた造成業者から本件土地を買受けたこと及び現地の状況からして、同様にこのことを知らないで本件土地を控訴人に売渡したものであるから、本件土地につき、道路位置の指定がないため建築確認が得られないとの点は、仮に今後もこれらを受けられないことが確定的になつたものではないとしても、目下それが絶望的である以上、本件売買の目的とされた本件土地につき隠れた瑕疵が存するものと認めるのが相当であり、右の瑕疵により控訴人は結局本件土地買受けの目的を達することができなかつたものというべきである。したがつて、控訴人は被控訴人南房商事に対し民法五七〇条、五六六条により、本件土地の売買契約を解除することができるものといわなければならない。

3 請求原因(五)の事実は当事者間に争いがない。そうすると、控訴人と被控訴人南房商事との間の本件土地の売買契約は、昭和五八年一一月二三日限り解除されたこととなり、右解除により被控訴人南房商事は、控訴人に対し原状回復として受領済みの代金二一三万五〇〇〇円を返還するとともに控訴人が被つた損害を賠償すべき義務がある。

4  被控訴人南房商事は、控訴人のした本件売買契約の解除は一年の除斥期間が経過した後になされたものであるから無効であると抗弁するが、さきに判示したとおり、道路位置の指定がないため本件土地上の建物建築につき建築確認の得られないことが絶望的となつたのは、千葉県長生土木事務所から回答のあつた昭和五八年一一月九日であるから、控訴人はこの日をもつて前示の瑕疵の存在を知つたものとみるべきであり、控訴人の本件売買契約解除の意思表示はそれから一年以内である同月二三日になされているのであるから、右抗弁は採用の限りではない。

5  次に、控訴人の被つた損害について検討する。

(1)  本件土地の売買は特定物の売買であるから、買主は売主に対して瑕疵がないと信じたことによつて被つた損害の賠償(信頼利益の賠償)を請求することができるものと解すべきところ、控訴人の主張する損害のうち、これに該当するものとしては、本件建物の建築費、本件土地購入に関して支払つた登記費用と本件土地についての公租公課を挙げることができ、〈証拠〉を綜合すると、控訴人において、本件建物の躯体建築費及び内装工事費等として二〇〇万円を出費したこと、又、〈証拠〉によれば、本件土地、建物に関しての登記手続費用として金一万八二〇〇円、不動産取得税として五一九〇円の出費をしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)  控訴人主張の本件土地の値上り益の喪失は履行利益の賠償に当るものと解されるので、本件の場合これを肯認することはできず、慰藉料を除くその余の損害は、いずれもそれ自体本件売買契約の解除とは到底相当因果関係にあるものとはいえないのみならず、仮にこれらが特別損害に当るとしても、売主である被控訴人南房商事においてこれを予見しえなかつたものというべきであるから、これらについての賠償請求を認めることはできない。さらに、慰藉料の請求については、本件の如き有償の双務契約を解消するにあたつては、解除による原状回復及び経済的損失の賠償をもつて処理することで足りるものというべきであるから、右請求もまた失当である。

(3)  よつて、被控訴人南房商事は控訴人に対し本件建物建築費及び登記費用、税金の各支払合計二〇二万三三九〇円を控訴人の被つた損害としてこれを賠償すべきである。

6  ところで、控訴人の被控訴人南房商事に対する本件売買契約の解除に伴う代金返還及び損害賠償の請求と控訴人の本件土地返還義務とが同時履行の関係にあることは明らかであるから、控訴人は右被控訴人から本件土地の売買代金の返還及び損害賠償の支払を受けるのと引換えに、右被控訴人に対し原状回復の趣旨により本件土地上にある本件建物を収去して右土地を明渡し、かつ、右土地につき所有権移転登記手続をなすべきものである。

なお、控訴人は被控訴人南房商事の本件土地売渡が不法原因給付であるかのようにいうが、前示のとおり本件土地の売買は通常の取引に属する売買にほかならないから、右主張は失当である。

三よつて、控訴人の被控訴人南房商事に対する主位的請求(当審における拡張請求を含む。)は理由がないので、本件控訴及び当審における拡張請求はいずれもこれを失当として棄却し、被控訴人南房商事の附帯控訴に基づき、原判決主文第一項を取消し、控訴人の右取消部分についての請求を棄却し、控訴人の当審における予備的請求については、被控訴人南房商事は、控訴人に対し控訴人から本件土地につき、同地上にある本件建物の収去、右土地の明渡及び右土地につき所有権移転登記手続を受けるのと引換えに本件土地の売買代金二一三万五〇〇〇円、損害賠償金二〇二万三三九〇円、以上合計四一五万八三九〇円及びこれに対する本件売買契約解除の日の翌日である昭和五八年一一月二四日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払うべく、右の限度で控訴人の予備的請求を認容することとし、その余の請求は失当として棄却し、被控訴人京葉興業に対する本件控訴及び当審における拡張請求はいずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九五条、九六条、九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中村修三 裁判官山中紀行 裁判官関野杜滋子)

別紙物件目録

(一) 千葉県茂原市猿袋字宮之脇七三一番一

宅地 二三九・五六平方メートル

(二) 千葉県茂原市猿袋字宮之脇七三一番地の一

家屋番号七三一番一

居宅 軽量鉄骨木造鉄板葺平家建

床面積 六七・二三平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例